データエンハンサーの戯言置き場

データサイエンティストを挫折した人がデータとアナリシスのエンハンスメントについて考える

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自己紹介

某インターネット企業にてデータアナリストを経てデータサイエンティストになれず、データエンハンサー(自称)、アナリシスエンハンサー(自称)をやっております。 ブログの内容は個人の意見・見解であり、所属組織の意見・見解とは異なる事があります。




データエンハンサーとは

自称です。

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【視聴記録】アンドリュー NDR114

 

 

はい時間空きましたが久々ですどうも。

 

原題はBicentennial man(200年の男)。アンドリューと名付けられた/型番NDR-114のロボットの200年に渡る物語。1999年の映画なので、ちょっと古い。原作はアイザック・アシモフ

 

家庭用汎用ロボットが徐々に成長(改造)し、人間に近づいていく物語。アシモフの物語に出て来るロボットはほとんどロボット工学三原則 に従っているが、本作もまた同様。元々ただの家庭用汎用ロボット、命令に従うだけの所謂"弱い"AIのはずだったが、バグにより個性や創造力を持ってしまい、自らを人間に近づけようとする。

初期の時点では、ロボット工学三原則に従う動きをするが、二条に反し自由を求め、最終的には第三条に反する形で"人間"になろうとする。

 

物語のテーマは、200年という時の流れのなかで当然起こる人間の老化や死を、不死のロボットがどう受け止めるか、という部分が一つ。ロボットが人間になろうとする時、世間や人間はどう受け止めるか、というのが一つ。

 

個人的には後者の方に興味が湧きますね。ロボットが人間として、法的に人権を得ようとする時の最初の判決が、「人間は不死のロボットは受け入れられる、だが不死の人間は受け入れられない」という言葉で表されるのはとても含蓄が深いな、と。

 

何度か紹介しているAIの遺電子の中では、人格を持ったヒューマノイドは老化するものとして描かれているのだけれど。ヒューマノイドに老化という機能を持たせるまでの過程にはきっとこういう出来事が存在するのだろうな。

 

単純なエンタメとして面白いか、で言ったらそうでもないです。個人の感想。200年という時間の中で変化したのが人とロボットだけで、環境の変化が何も見えなかったりするのがちょっと残念。あとどうしてもAIモノとしては古さのようなものを感じてしまう感じ。多分ロボットの見た目のせい。

 

よく見たら監督がクリス・コロンバスハリーポッター/ホーム・アローン等)だった。こういうのはちょっと合わないのかな、という感じかも。huluのコメント欄は結構評判良さげだったので、まぁ好みの問題か。